* File 3:第1回入院生活 *



その1:入院当初

夫が病院に到着したのは、
ちょうど主治医が私にIVHの装着をしようとした時でした。

IVHの装着を終えてからすぐだったと思います。
夫は、私の病状説明を聞く為に、
詰め所に呼ばれて行きました。

先生の話を聞き終えて、私のベッドまで戻って来た夫。
「何て?」と聞いた私に返ってきたのは、
「レントゲン見たら、ここもここもここもここも全部悪いと。
最悪、人工肛門だって」という夫の言葉でした。

『人工肛門』
この言葉に、この時の私は、正直愕然としました。
その時は、人工肛門は決定的という言い方に聞こえたので・・。

その時は、自分が人工肛門になるかもというショックというよりも、
妻が人工肛門になる夫の気持ちを考えてショックを受けたと言った方が
正確かもしれません。

泣いちゃいけない!明るく振舞わなくちゃ!!と思いながらも、
涙が溢れて止まらなかったこと、
そして、「それでも私を愛せますか?」と
おどけて夫に聞いていたことを覚えています。
(↑ちなみに、この時の夫の返事は、「さぁ〜わからん」でした(^^;)
正直というか、愛がないというか・・・)

今でこそ、人工肛門については、
少しの知識はありますし、
それが結果的にQOLに繋がる事であるならば、
それもありだな・・と思える今日この頃ですが、
とにかく、その時は、それまで普通の人生を歩いて来た私だったので、
いきなりの宣告は本当にキツイものがあったなと
今振り返っても、あの時受けたショックは忘れられません。

入院と同時に絶飲水でしたから
入院前から高熱のあった私は、とにかく空腹よりも喉の渇きの方が辛かったです。
入院翌日から、ペンタサを処方され、
薬を飲む時だけ飲水の許可がおりた事が凄く嬉しかったのを覚えています。


とにかく、最初の2日ほどはお腹の痛みがあまりにも激しくて、
トイレ以外はベッドから動けない状態でした。

入院したのは、外科病棟の6人部屋。
同室の患者さんは、平均年齢70歳くらいの人ばかり^^;
つまり、一切食事も摂らない、比較的若い新入り患者の私に
皆、興味津々というわけです。

抗生剤の点滴のお陰で、やっとお腹の痛みから開放され、
初めて、朝起きて、洗面しに行った時のこと。
私と会った同室のムチャ感じの悪いおばさんが、好奇心剥き出しで私に言った。
「あんた、食べてないみたいじゃけど、どこが悪いん?」と。
「腸が悪いんですけど、まだ検査してみないとよくわからないんですよ。」
と適当に流したつもりの私に、このあと信じられない言葉が飛んできた。
「それで、何?悪性?」
「………(絶句)」

あまりにもビックリして言葉にならなかった・・というか、
こんな非常識な人いるんじゃー(@@)という驚きで、
”こ、この人一体・・何者?相手しとれんわ!”という思いで、
思わず聞こえない振りに徹しようと決めた私に、
3回くらい同じこと言ってたなー。
「悪性?」って。

あとでわかったことだけど、あとから入院してくる人全員に
同じように聞いてました、この人。「悪性?」って(苦笑)。
いろんな人がいます・・ホントに^^;
こうして前途多難な入院生活は続いて行くのでした。とほほ〜(tt)